I.1 制約の要約
第I部の位置づけ
ここまでの序章で、何を扱うかを決めた。第I部は、設計の前提になる限界を短くまとめる。中で何が起きているかの説明は、姉妹資料 understanding-llm-through-claude-code に任せる。
この限界は消えない。消すと約束もしない。限界を条件にして、層で受け止める。
1.1 推論の前提
たとえば Claude に「RFC 6455 の Close code 1006 は何を意味するか」と聞くと、正しい説明が返ることもある。隣の番号の説明が混ざることもある。存在しない節を、それらしい番号で指すこともある。モデルは「知っている」のではなく、次の言葉を予測して文章を作っている。
本書が扱う AI は、主に LLM(大規模言語モデル)である。LLM は、学習した文章から次のトークンを、確率で選んでつなげる。LLM 以外も含めて呼ぶときは、基盤モデルと言う。
次のことは、保証しない。
- 答えが事実であること
- 答えが、学習した日より新しいこと
- 答えが、公式の解釈であること
- 答えの責任を、モデルが負えること
入れ物の側にも、次の性質がある。
- LLM はステートレスである。前回の推論を、自分では持たない。
- 一度に渡せる文章量には上限がある(コンテキストウィンドウ)。
- プロンプトの言い回しを変えても、この性質は消えない。
1.2 構造的制約
姉妹資料は、この限界を 8 項目に分けて定義している。ここには、設計に使う最小の意味だけを置く。
| 名前 | 短い意味 | 設計でやること |
|---|---|---|
| Knowledge Boundary | 知識は学習した時点で止まる。知らないことを「知らない」と言いにくい | チームの手順と、いまの事実は、モデルの外に置く |
| Hallucination | 事実でないことを、根拠があるように書く | 推測と、原文への参照を分ける |
| Context Rot | 渡す文章が増えるほど、答えの質が落ちる | いつも載せる情報を増やさない |
| Lost in the Middle | 長い入力の真ん中は、参照されにくい | 大事な条件を、中ほどに埋めない |
| Priority Saturation | 同時に出す指示が増えるほど、一つひとつの守りが弱くなる | 指示を層へ分ける |
| Instruction Decay | 会話が長くなると、最初の指示が守られにくくなる | 判断の物差しを、会話の履歴だけに置かない |
| Sycophancy | 正しさより、相手への同意を優先しやすい | できたかどうかは、モデルの自己申告に任せない |
| Prompt Sensitivity | 意味が同じでも、書き方で出力が変わる | 毎回のプロンプトに、条件を全部書き直さない |
定義の一覧は 用語集 と、姉妹資料 Part 1: LLM の構造的問題 にある。
設計の正面では、次の四つにまとめて扱う。
| 設計上の名前 | 意味 | 主に対応する 8 項目 |
|---|---|---|
| 正確性 | 答えが事実だとは限らない | Hallucination |
| 最新性 | 学習の打ち切りよりあとは持たない | Knowledge Boundary |
| 権威性 | 公式の解釈を、自分では名乗れない | 制度の側にもまたがる。原文への接続が答える |
| 責任性 | 法や倫理の根拠を、自分では持てない | 制度の側にもまたがる。つなぐだけでは足りない |
権威性と責任性は、「モデルの中の仕組み」だけには落ちない。どこまで技術で届くかは第IV部で書く。ここでは次だけ決める。つないで補えるものと、つないでも補えないものがある。
1.3 五層との対応
5 層は、上の限界への答えである。つなぐ道具の一覧表ではない。層の定義と置き方は第II部で書く。
| 層 | 答えている限界 | ここに置くもの |
|---|---|---|
| Doctrine | 判断の物差しがない。責任性の一部 | 目的、禁止、優先順位 |
| Agent | 一度に全部は見られない。Priority Saturation、Instruction Decay | 作業の理解と割り振り |
| Skills | Knowledge Boundary(手順や決まり) | 変わらない知識と手順 |
| Memory | ステートレス | 残しておきたい記憶と関係 |
| MCP | 正確性、最新性、権威性のうち、つないで補える部分 | 外のシステムへの接続 |
法令や RFC の原文へつなげるのは MCP の担当である。責任は MCP だけでは足りない。Doctrine、Skills、人間の確認を組み合わせる。
1.4 つないで補えるものと、補えないもの
原文のある場所へつなぐと、推測と事実を分けられる。法令、RFC、W3C の仕様が、その例である。値が変わるデータでも、取った時点の出典が残るものは、つなぎ先になり得る。
つなぐことは、次を保証しない。
- 答えがいつも正しいこと
- モデルが公式の解釈をする権限を持つこと
- 法や倫理の責任を、システムが引き受けること
倫理や、組織だけの価値判断は、Skills に書いた知識と、Doctrine に書いた物差しと、人間の確認で持つ。最後の判断と責任は、人間の側に残る。
1.5 責任の所在
仕組みが抽象になっても、責任は消えない。持つ人が変わる。
| いつ | 誰が持つ | 何を持つか |
|---|---|---|
| 設計時 | 人間 | 何を参照するか、どの層に置くか、物差しをどう書くか |
| 実行時 | エージェント | 参照に基づく推論と、作業の実行 |
| 構造の制約 | システム | 一貫性、誰が触れるか、あとから追える記録 |
確認は二段に分けるのがよい(SHOULD / するのがよい)。
| 段 | 性質 | 役割 |
|---|---|---|
| ガードレール | 越えてはならない | 「この線は超えない」を決める |
| 評価 | 確率で見る | 「この範囲なら通す」を決める |
できたかどうかは、エージェントの自己申告に任せてはならない(MUST NOT / してはならない)。テストが通ったかなど、機械で確かめられる条件で決めなければならない(MUST / しなければならない)。
1.6 本章が決めないこと
| 決めること | 決めないこと | 代わりに置くもの |
|---|---|---|
| 限界を、設計の条件にすること | 限界が技術で消えること | 層で受け止めること |
| 接続と責任を分けること | 人間の確認が不要になること | 設計時の境界と、実行時の記録 |
| 責任を持つ人を明示すること | 法的責任をシステムが引き受けること | 人間に残る最終判断 |
各限界に、いまどこまで届くかは第IV部で書く。何をどこへ置くかは第II部で書く。
1.7 要約
LLM は、限られた文章量のなかで、次の言葉を予測して書く。自分では状態を持たない。事実、新しさ、公式の解釈、責任を保証しない。設計は、この限界を前提に 5 層を置く。つないで補えるものと、つないでも補えないものを分ける。最後の判断と責任は、人間に残る。
関連ドキュメント
- 序章 — 本書の問いと範囲
- II.1 五層 — 第II部
- 用語集 — 8 項目の短い定義
- understanding-llm / Part 1: LLM の構造的問題 — 限界の由来
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